「インパクトルビー」はこうして生まれた
― 品種登録に関わった研究員に聞く、 10 年の物語
鮮やかな赤色の果肉が印象的な、沖縄県育成のドラゴンフルーツ「インパクトルビー」。この品種が誕生するまでには、研究員の皆さんによる約 10 年にわたる試行錯誤がありました。
品種改良の背景や名前の由来、開発当時の苦労について、品種登録に関わった研究員の皆さんに伺いました。
なぜ、新しい品種の開発が始まったのですか?
外国産や県外産のドラゴンフルーツとの差別化を図り、沖縄県産熱帯果樹のブランド力を高めることが開発の目的でした。
マンゴーなど、ほかの熱帯果樹とともに、沖縄ならではの魅力を持つ品種の育成がスタートしました。
どのようなドラゴンフルーツを目指したのでしょうか?
目標としたのは、「大玉でおいしく、栽培しやすい」ドラゴンフルーツです。
果実の大きさや味だけでなく、樹の育ち方、授粉のしやすさ、枝の管理、トゲの短さなど、生産者にとっての栽培のしやすさも重視されました。
しかし、果実の品質と栽培性のすべてを満たす個体は少なく、選抜には長い時間がかかりました。
品種登録まで、どのくらいかかったのですか?
交配からおよそ 8 年目に有望な個体が選ばれ、 10 年目に品種登録されました。
ひとつの新品種が誕生するまでには、長い年月をかけた観察と選抜、栽培試験の積み重ねが必要だったのです。
開発で特に苦労したことは何ですか?
試験を始めた当初は、ドラゴンフルーツの育苗方法や樹の仕立て方、選抜基準など、すべてが手探りの状態でした。
親となった品種の樹勢や、授粉に関わる和合性、トゲの短さなどを確認しながら、果実の品質も含めて評価を重ねていきました。
また、農業研究センターにとって、ドラゴンフルーツの品種登録は初めてのことでした。参考にできる事例がなく、必要な調査や申請書類の作成にも大変な苦労があったそうです。
品種登録には、果実や花の写真も必要です。ドラゴンフルーツの花は夜に満開になるため、研究員は夜 8 時から 12 時頃まで支所に残り、撮影を行いました。

ドラゴンフルーツの花が咲く栽培ハウス
写真提供:合同会社宮平農園(沖縄県南城市)
美しい花の写真の裏側にも、研究員の皆さんの地道な努力がありました。
「インパクトルビー」という名前の由来を教えてください
名前は、沖縄県農林水産部内で行われた公募の中から選ばれました。
「印象的で目立つ」という意味の “インパクト ”と、「赤く美しい果肉」を表す “ルビー ”。
この二つを組み合わせて、「インパクトルビー」と名付けられました。鮮やかな赤色の果肉を初めて目にしたときの驚きが、そのまま伝わる名前です。

“ルビー ”の名を表す、鮮やかな赤色の果肉
品種登録されたとき、どのように感じましたか?
研究員からは、「単純にうれしかった」「選抜した個体が新品種となり、成果につながってよかった」という声が聞かれました。
品種登録後、すぐには栽培や流通が広がらず、本当に普及していくのか半信半疑だった時期もあったそうです。
しかし、沖縄県の関係部署や各地域の普及センター、 JA、種苗会社など、多くの関係者の協力によって、少しずつ栽培が広がっていきました。
現在、市場でインパクトルビーが販売されている姿を見ると、研究員の皆さんはとても感慨深いと話します。

インパクトルビーとドラゴンボウル
10 年の歩みが、沖縄の未来へ
交配から品種登録まで約 10 年。
そして、登録された品種を生産者が育て、消費者のもとへ届けるまでには、さらに多くの人の力が必要でした。
沖縄の自然と、研究員、生産者、関係者の長年の思いが結実して誕生した「インパクトルビー」。
その鮮やかな赤い果肉には、沖縄県産ドラゴンフルーツの未来を切り拓いてきた、挑戦の物語が詰まっています。
協力: 沖縄県